大抵の人間ならば、何事かを中長期的に続けていこうと思った場合に初期のイキオイだけで突っ切るのは不可能なわけで。もしそんな事が出来るやつは正真正銘の馬鹿かつある意味天才なわけですが。普通は初期のイキオイが失速した際に持ち直すための揚力となる原動力、つまりモチベーションが不可欠なわけです。
同年代やら後輩やらが頑張ってる姿を見てモチベーションを維持するなんていう変な性質を持つ輩が僕の周りには多いのですが、僕にはそんな特殊な性質は無いので違う方法をとる必要があるわけです。
僕の場合はというと、しっかりとした人が作った曲を聴いてると結果的にモチベーションを維持できるのです。そういう曲は概して僕が作るような下手くそな曲とは大きく違って、楽器に与えられる旋律や曲の構成がしっかりと練られています。時には音符の一つ一つに存在する意味が備わっている事もあります。そんな曲を聴くと、自分のいる位置を確認して打ちのめされると共に凄い曲を書いてみせようじゃないのと思ったりしてモチベーションを維持しているのです。
けど、実際曲を作る段になるとブレるんだよね。コンピューターにマウスを使って打ち込んでいくという『作業内容』もよくないんだろうけど、自分の作る音に自分で"正解"の赤丸印を押せない。流れとかそういうイメージとか、曖昧な理由で音符を置いていってるなぁ、と実感してしまう。一つ一つの音符に意味を持たせるのは今の自分の技量では不可能。それはわかってるけど、酷い時にはなんとなくで楽器を一つ"ステージ"に上げたりもする。それは流石に楽器に対して失礼で、僕の目指す音楽ではないはずなんだけどな。
ちょっと話がずれるけど、巷では感覚的に簡単に音楽が作れるというようなツールが流行ってそういう音楽が非常に流行してるけど、それは僕が作る音楽じゃない。別にそういうのを認めないとか言うつもりはさらさら無くて、むしろ普段そういう音楽も結構聴くどころかiTunesにはそういうのが仰山入ってたりする。けど、そういうのは大抵自己主張が強くて、目指すところがサントラな僕とは基本的に相容れないわけさ。
話を戻して。僕の目指す音楽を実現するために、最近コンピュータに入力する前に五線譜に起こしてから曲を作る手法に変えたわけだけど、それはなかなか調子がいい。最初はとっかりづらい面もあるけど頭の中で音を鳴らしている分脳が活性化してアイデアは出やすい。コンピュータつかうとあまり頭使わないからね。頭を使わないのが一番よろしくないわけで、そういう意味では楽譜を書く昔ながらの手法は非常に良い。自分の中の"正解"をしっかり探せる。モチベーションも維持できる。良い事だ。
抽象的なアーティストぶった記事はあまり書きたくないんだけど、すこしそんな感じになってしまった。まぁ、備忘録として。
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