論説の最近のブログ記事

先日、H2A13号機によって月探査衛星かぐやが地球周回軌道へと投入された。
このかぐやによる月探査は米国のアポロ計画以降途絶していた本格的な月探査を再開させる第一歩といえるでしょう。
日本が輝かしい宇宙探査の歴史に名を残す結果となることを心より願っています。


これまでの宇宙開発は米国のNASAが中心となってきました。
これは誰がなんと言おうとも客観的な事実といえるでしょう。
使い捨ての宇宙船が当たり前だった中で、
繰りかえし再利用が可能なオービターを核とする当時としては革新的なスペースシャトルの技術は、
現状では米国以外に実用している国はありません。
しかし、そのスペースシャトルも寿命が近づいた機体が多くなり、
今では打ち上げる度に事故が起きるほどとなっています。
それにより数年ほど前からNASAは他国との協調路線を採ることが多くなってきました。
その一つが月面探査・開発です。

月面には無尽蔵とも思えるような大量のエネルギー資源が存在するといわれています。
また、月周回軌道外の有人探査の基地となる可能性も秘めています。
今後の宇宙開発において、月面探査ほど重要となる事柄はないでしょう。
月面探査において日本が再開の先陣を切ったことを誇りに思います。

今後の宇宙開発は一国単独で成果を成し遂げられるようなものではありません。
しかし、宇宙開発による恩恵を出来る限り高い割合で受けたいというのも事実。
その為には、探査計画を主導する必要があるでしょう。
過酷な宇宙探査において、有人探査の本格的な出番は当分来ないでしょうから、
やはり無人探査技術の高い国が主導権を握っていく事になるはずです。
その点においては、残念な事に日本は有人探査のノウハウはほとんど持っていませんが、
無人探査技術は他国に勝るとも劣らない技術を持っています。
ロケット打ち上げやイオンエンジン等の動力系技術やセンサーやカメラ等の探査技術、
小惑星イトカワへの着陸に成功したはやぶさに代表されるような高度な自動制御技術。
そのどれもが他国が持たない高度な技術といってもよいものです。

これらの技術を持ってこれからの宇宙開発を主導していく。
これが日本がイニシアチブを握るための道だと考えます。
人類を宇宙へと導く道程である宇宙探査の歴史に一つでも多く日本の名を。


前回の記事を書くに当たって原因となった韓国人集団解放報道ですが、誤報であったようです。
結構時間かけて書き上げた記事をどうしてくれる!?
という感じです。





実はまぁ、誤報であるという噂は当初からあって、それを承知で書いたのですがねw
なにはともあれ先日の日記の内容は僕の思うところなわけであります。
タリバンによって拉致された韓国人のボランティア集団が解放されたという報道が一部であったようです。
まずは、良かったと思うのでその旨を書いておきます。

しかし、手放しで喜べるほど事態は簡単ではありません。
タリバンは収監されている仲間の解放を要求していましたが、それが解放されるとは思えません。
では、解放する見返りとしてタリバンは何を得たかというと恐らくは金でしょう。
多額の金が資金としてタリバンに入ったと考えられます。
この資金で購入した武器によってこの先何名の命が失われるのか、考えたくもありません。
現地の人を助けるために行うボランティア活動が間接的に現地の人間を殺してしまう結果も十分ありうるわけです。
なんとも皮肉な話ですが。

更に韓国国内での経済的損失は相当なものであったと考えられます。
これは以前日本人が拉致された時にもいえることですが、株価や通貨等の経済指標にとてつもない影響を出しました。
その経済的損失は個人やたかが数人の集団で負担できるようなものではありません。
その後の人生で稼ぐであろう金額を軽く上回っている事は確実だといえます。
ボランティアである前にその国に属する国民であるのにもかかわらず、
自分の国にそれだけの損失を出しているというわけです。
そして、国の損失というのは短期的にも長期的にも全国民の生活に影響を与えます。


さて、命はお金に代えられないとよく言いますが、それは平和な環境ににおいてのみ言えることです。
軍隊が常に治安維持にあたり人の命が毎日失われていくような環境では、人の命の価値はお金で計り得ます。
軍隊では自分の生死が別れる時の状況判断の際にはこう教えられるそうです。
『自分にかけられた教育や訓練、装備品、味方部隊への影響などの価値を考え、
自分が生きる事と死ぬ事のどちらにより多くメリットがあるかを考えろ』と。
実際ほんとかどうかはわからないですが、戦場という極限状態を考えるとそれも仕方がないのではないかと思えてしまいます。
アフガンにしたって同じような環境です。
命=金で考えざるを得ないでしょう。

今回の韓国人のボランティア集団には自分の命の価値が金で計られてしまうという覚悟があったのでしょうか。
出発時に撮影された集団写真が公開されています。
その写真はインチョン空港に掲示されているアフガンへの渡航自粛要請の前で撮影されています。
政府が警告しているにも関わらずその警告文の前で集団写真を撮り、拉致され、身代金で救出される。
なんと愚かな人間たちか。
そういう人間たちによってもたらされた今そして未来の損害は如何程か。
これは以前の日本人拉致においても言えること。
当時も日本政府はイラクへの渡航自粛を勧告していたにも関わらず、相応の準備も行わず渡航し、拉致された。
程度の違いこそあれ、やっている事や結果は韓国人集団と大した違いはない。
これら全てに言えるのは、命を捨てる覚悟があるのかということだ。
ボランティアの人間に対して余りに冷たいと思われるかもしれないが、
場所が場所だけに活動中に死んでしまう事は十分に考えられる。
例えば戦場カメラマンと同程度かそれ以上の覚悟を持って望むべきであろう。
此度の件はそれが無い人間が中途半端な正義感と共にイラクやアフガンに渡航するケースが多いという事の何よりの証明ではなかろうか。

日本人の過去の事件に関しても、帰国後に帰国に要した費用(航空機など)の請求を無視する人間や、
拉致発覚後に自衛隊を即時撤退させなかったなどと訴訟を起こす人間もいた。
拉致されて死ぬ覚悟ができてませんでした、と自分で声高らかに宣言しているような行いであるが。

確かにボランティアは清い行いである。
滅私奉公など誰しもができることではないのだから。
しかし、国際ボランティアを国内の介護やらのボランティアと同列にすべきではない。
場所によっては、死を覚悟しなくてはならない。
今後、安易な正義感で国際ボランティアに参加する輩が現れないことを望む。
そういう輩は、国内のボランティアに参加すべきであろう。